映画と本と言葉たち

観た映画や読んだ本についての一人よがりの感想などを、勝手気ままに綴っています。

沈黙博物館(小川洋子)

今考えてみると、この作家の作品には、舞台が一体どこなのか、はっきりとは判らないものが多かったように思う。
この「沈黙博物館」もそうだった。
どこかの村ではあるのだが、日本なのか外国なのか、どちらでもあるようでどちらでもないような、不思議な空間で物語が展開していく感じがする。登場人物たちも、自然な日本語を喋っているのに日本人ではないような、言ってみれば無国籍な空気を纏っているのだ。この作家の小説は、いつも心地良く読んできたが、それは作家の持つ表現力によるものなのだろうと思っていた。もちろんそれもあるのだろうけれど、どうもそれだけではなかったような気がする

この本は、亡くなった村人たちの形見を展示するための博物館を作り上げていく物語だったが、実際にそんな博物館が存在するとは考え難いし、物語の中に登場する沈黙の伝道師という存在も、やはり架空のものに思われる。私がこれまで生きてきた現実の中に、さらには想像の中にさえ決して表れなかったものや人が登場し、しかもそれらを中心に話が進んでいくのだから、異国のような印象を受けるのは当然なのに、その非現実的な世界が、日常の世界と何ら変わりないような素振りで綴られていて、しかも緻密で豊かな表現に満たされているところが、魅力ある心地良さを生み出しているのではないかと思う。
それにしても、人体の一部がナイフで切り取られてそこにある、という場面でさえ、この作家の手にかかると無気味さはなく、幾何学的描写としてすんなり読めることに感心してしまう。

沈黙博物館 (ちくま文庫)

沈黙博物館 (ちくま文庫)