映画と本と言葉たち

観た映画や読んだ本についての一人よがりの感想などを、勝手気ままに綴っています。

時雨のあと (藤沢周平)

 藤沢周平の「時雨のあと」を読んだ。 
 以前、保坂和志に傾倒して彼の小説ばかり読んでいた頃に、保坂氏の「藤沢周平を読め」という言葉をどこかで見たか聞いたかしたことがあり、それ以来ずっと気になっている作家だった。とはいえ今回手に取ってみて初めて、時代小説を書く作家だと知った。
 私にとって時代小説は、とても心地よく読める本だ。おそらくは単純に、言葉遣いや、そのリズムが、現代のそれより丁寧な響きをもって感じられ、丁寧さは穏やかさに繋がり、穏やかさが心地よさを運んでくるものと思われる。個人的には、小説にハラハラドキドキするような展開をあまり求めておらず、どちらかというと人情味とか、人の生き方に触れたくて読んでいるようなところがあるので、その点でも時代小説には満たされやすいのかもしれない。
 この「時雨のあと」に収録された短編は、先の展開や結末が気になるものも多かった。静かで落ち着いた描写をたどりながら、そうした流れに身を任せるように読み進めていく中で、登場人物たちの心意気や価値観、人生を存分に味わうことができ、最後には何かが自分の中に深く沈み込んでいくような感覚があった。
 贔屓の作家がまたひとり、増えたのかもしれない。

時雨のあと

時雨のあと