2018年公開の邦画「コーヒーが冷めないうちに」を観た。
以前、書店で「4回泣ける」と書かれたポップと共に平積みされていたし、テレビスポットも目にしていて、気になっている作品だった。
過去に戻るという状況を題材にした小説や映画はたくさんあるけれど、何度読んでも、観ても、「また過去に戻る話か」とは思わず、不思議と飽きることがない。もちろん作品毎に物語の中身がまるで違うのだから、飽きるはずなどないのかもしれず、恋愛や家族を題材にした作品がどれだけあっても飽きないのと同じことだとしたら、「過去への希求」も恋愛や家族と同等に人から切り離し難いものなのだろう。どんなに願っても、決してかなわないことだから、永遠のテーマになるのかもしれない。
どんなに願っても現実にはあり得ないことなのに、「コーヒーが冷めないうちに」は、なぜか現実的で日常的な生活感のある映画だった、ように思う。過去に戻るという出来事そのものよりも、それを願う人々の気持ちに重点が置かれていて、それが丁寧に描かれていたからだろうか。
「今」はどんどん過去になっていくし、過去になってしまった時間を取り替えることはできない。そして、未来は次々やってくるのに、私たちが生きているのは常に「今」であって、未来を生きることはできない。そう考えたら、「今日できることを明日に延ばすな」と「明日できることは今日やるな」という相反するようにみえるこれらの言葉が、実は同じひとつのことを指しているように思えてくる。