映画と本と言葉たち

観た映画や読んだ本についての一人よがりの感想などを、勝手気ままに綴っています。

海の見える理髪店 (荻原浩)

 荻原浩さんの直木賞受賞作「海の見える理髪店」を読んだ。
 短編集であるこの本の表題作「海の見える理髪店」を、以前、ラジオの朗読で耳にしていた。それが、この作家に触れた最初の時で、印象があまりにも鮮烈だった。
 主な登場人物は理髪店の店主と客の二人で、そのどちらもが主人公に思えるのだが、この物語はほとんど店主の一方的な語りで出来ている。小説の中に誰かの回想が描かれることはよくあるけれど、それが小説の一部でなく、作品そのものになっていて、しかも終始目の前の相手に語って聞かせている。おそらくはその形態のせいで、(朗読の効果も相まってか)ほかの小説からは感じたことのない臨場感、とでも言えそうなものに打たれた。
 話の内容はといえば、そこにもはっとさせられる仕掛けがあり、それを仕掛けと呼ぶには浅はかなことを感じさせられ、人生のままならなさを手にとって見ているような展開に愛着を感じ、この作家の他の作品も読んでみたいと思ったのだった。

 実際読んでみて、この本に収録されている他の5作品も、楽しく読めた。そして、確かに楽しく読めたのだが、その一言では片付けられない面白さと深みを感じた。特に好きなのは、小学三年生の女の子が主人公の「空は今日もスカイ」。
 軽快なリズムで、気持ちよく読まされてしまった。でも、読後の残像は、くっきりと残っている。実は重いテーマを、こんな風に扱えるのは、やはり作家の才量なのだろう。

海の見える理髪店 (集英社文庫)

海の見える理髪店 (集英社文庫)