映画と本と言葉たち

観た映画や読んだ本についての一人よがりの感想などを、勝手気ままに綴っています。

格闘するものに○ (三浦しをん)

 三浦しをんさんのデビュー作「格闘するものに○」を読んだ。
 言わずと知れた人気作家である。ご本人がラジオのインタビューで語っているのを聞いたのだが、就職活動の際に出版社を受けたのがデビューの発端だとのこと。筆記試験に含まれていた作文の欄で披露した文章が、読んだ人の興味を引いて、何か書いてみませんかと声がかかったという。いかにも、才能が見出だされた瞬間だ。
 才能や素質と呼ばれるものは、確かに存在していると感じる。以前はそれを特別なものと捉えていたけれど、最近では誰もが持つ個性や性質の一つ、という見方もできるなと思う。つまり、世間に注目されたり、認められるような大きな業績を残す才能もあれば、誰にも認められず、何の役にも立たないように見える才能もあることになるわけだけれど。
 さて、この作家の才能はもちろん前者のわけだが、その才能を見出した人の、「才能を見いだす才能」に私は脱帽する。ひょっとしたら大勢に声をかけていて、鳴かず飛ばすの結果に終わる場合の方が多かったのだとしても。 
 
話をこの本に戻すと、主人公は就活中の女子大学生である。冒頭に置かれた短いお話は、しをんさん自身が前述の就職試験で書いたものなのではないかと勘繰りたくなるような流れだ。そうであってもなくても、主人公をとりまく環境や状況や物語の展開は、作家の想像による創造物に違いなく、私にはなんだが、登場人物たちの自分自身との格闘の度合いが、心地よく感じられた。そしてこの心地好さは、この作家の他の作品にもあったことが思い出された。
「風が強く吹いている」「まほろ駅前多田便利軒」「船を編む」など、これまで読んだ三浦作品は、いつも心酔するほど楽しめたが、今振り返るとそのどれにもこの処女作と同様の心地よさがあった気がする。心地よさというと、何か淡いもののように思えるかもしれないが、そうではなく痛快な心地よさだ。各作品は全く別の業界、別の日常、別の人物を描いていても、やはりどれもが三浦しをんの世界、ということなのかもしれない。



格闘する者に○ (新潮文庫)

格闘する者に○ (新潮文庫)