映画と本と言葉たち

観た映画や読んだ本についての一人よがりの感想などを、勝手気ままに綴っています。

桜雨 (坂東眞砂子)

  坂東眞砂子著「桜雨」を読んだ。
 文庫のカバーに、この作品で1996年の島清恋愛文学賞授賞とある。その翌年には別の作品で直木賞を授賞した作家だ。
 「桜雨」は、一言で言えば男女の三角関係を綴った物語だった。とはいえ、一人の画家を女性二人が奪い合うのは物語の後半で、この話は、親戚を頼って東京に出てきた一人の田舎娘の半生を描いたものとも言えると思う。
 三角関係の舞台は戦時中の東京だが、冒頭の場面は現代の巣鴨で、その後、一枚の絵の登場によって、その絵が描かれた数十年前と現代との間を、物語は何度も行ったり来たりする。それでも決して混乱することなく、かえって時の蓄積や時代というものが持つ計り知れない力を、否応なく感じさせられた。
 
 時間くらいつかみ所のないものも無いように思う。実体はないようでいて、なによりも確実に存在している。形有るものはいつか必ず消えてなくなるけれど、時間というものは、いろいろな物に姿を映しながら、どこかに積み重なっていく。積み重なっていくのにそのための空間を必要とはしない。考えてみれば、記憶や思い出もどんなに増えようと積み重ねるための空間はいらないわけで、だからこそ誰もが自分の中に果てのない宇宙を持つことが可能なのだろう。
 この小説は構成も巧みだったけれど、細かな描写や内容そのものに引き込まれる部分も多かった。読み終わって思ったのは、人は自分以外の誰かの人生を生きることはできない、ということだ。当たり前のことだけれど。誰もが唯一無二の自分の人生を生きている。どんな人生であれ、この人生は自分にしか生きられないのだ、と思うと、たとえ不本意な日々が含まれていようと、それはそれで受け入れればいいような気がしてくる。

桜雨 (集英社文庫)

桜雨 (集英社文庫)