映画と本と言葉たち

観た映画や読んだ本についての一人よがりの感想などを、勝手気ままに綴っています。

ある男(平野啓一郎)

 平野啓一郎著「ある男」を読んだ。
 単行本の帯に
「愛したはずの夫はまったくの別人だった」とあって、読む前は「どういうことだろう 。面白そうだな」と、あまり深く考えずに思っていた。そして読み終わった 今、 別人という言葉が、なんとなくしっくりこない。別人も何も、愛した夫は、その愛した夫 ひとりしかいない。戸籍上の名前が 実は違ったことを「別人」としているけれど、どんなに誰かになりすまそうとしても、人はやっぱり その人自身でしかないのではないだろうか。という気がした。
 インターネットを経由して相手と会うことなく交流する場合は多少違ってくるかもしれないが、目の前に 実体があって、その人と言葉を交わし 時間を共に過ごしていたら、たとえ 過去を偽られていたとしても、戸籍上の名前が違ったとしても、目の前のその人と過ごした時間が偽物だったということにはならないように思う。
 この物語では夫となったその人の家族と連絡を取ったために、夫の戸籍上の名前と実体が一致していないことが問題になってしまう。戸籍は家族のつながりを示すものとしてはとても重大で大切なものであるけれど、家族と切り離して 個人をただ一人の人として認める場合、大した意味を持たないのではないだろうか。
 そう考えると、人の名前も過去も、その人自身がその人自身であることを示すための、ほんのきっかけのようなものに過ぎない、という気がしてくる。
 私はいつの頃からか、「言葉の使い方には 人間が出る」と思うようになった。その人がその人自身であることを判断する基準のようなものは、その人に関わる 相手次第で違ってくるのかもしれない。

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