昨日の深夜のNHKラジオで、石田衣良の短編「ふたりの名前」を聞いた。短編という形態だからこそ、この物語の魅力が際立っているように感じた。
幾つかの手痛い別れを経験済みの、大人の恋人同士が、自分のものには自分の名前(イニシャル)を書く、というルールのもとに同棲生活を送っている。だから、家の中のあらゆるものに所有者の名前が、つまり彼か彼女のどちらかの名前が記されている。この状態は一見、冷めた関係に見えなくもないけれど、この二人にとっては、お互いに相手を尊重するための、相手との距離の取り方なのだ。恋人でも夫婦でも、どんなに仲のいい親友でも、相手は他者である。他者である以上、自分との距離は存在する。相手を理解することと、距離を縮めることは同義ではないだろう。それに相手との適切な距離は、その時々によっていく通りにも変化する。
この物語の主人公二人は、そうした変化の中で、自分たちが決めたルールが通用しない状況に出会い、それまでの殻を破ったのだと思う。
人と人のつながりや、相手に対する思いは理屈ではなく、言葉で表すことも難しい。目にもみえず、どうにも言い表せないようなことを、この短編は結末で伝えていた。
*「ふたりの名前」は「1ポンドの悲しみ」に収録されています。